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大阪地方裁判所 平成5年(ワ)11036号 判決

原告

中本巌

被告

上口浩明

主文

一  被告は、原告に対し、三八〇〇円及びこれに対する平成五年一二月四日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、原告の負担とする。

四  本判決のうち、原告勝訴部分は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、二七八万一七六三円及びこれに対する平成五年一二月四日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、信号機により交通整理の行われている交差点において、右折した普通乗用自動車と対向直進した原動機付自転車(以下「原付自転車」という。)とが衝突し、原付自転車の運転者が負傷した事故に関し、右被害者が普通乗用自動車の運転者を相手に民法七〇九条に基づき、損害賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実等(証拠摘示のない事実は争いのない事実である。)

1  事故の発生

次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

(一) 日時 平成二年一一月一六日午前七時四〇分ころ

(二) 場所 大阪府箕面市稲二丁目一番一号国道一七一号線先路上(以下「本件道路」ないし「本件交差点」という。)

(三) 事故車 被告が運転していた普通乗用自動車(大阪五三す六〇五九、以下「被告車」という。)

(四) 被害車 原告が運転していた原付自転車(箕面市お三六九七、以下「原告車」という。)

(五) 事故態様 信号機により交通整理の行われている交差点において、右折した被告車と対向直進した原告車とが衝突し、原告が負傷した。

2  損益相殺

原告は、本件事故による損害につき、自賠責保険から三三七万円、労災保険から療養給付三六五万五八九〇円、休業給付金二〇六万六〇一〇円、後遺障害給付八六万一二四八円、、休業特別支給金七八万三〇〇〇円、後遺障害特別支給金三九万円、障害特別一時金四二万四六一二円の支払いを受けた(特別支給関係につき乙一ないし三)。

二  争点

1  過失の有無ないし過失相殺

(被告の主張)

被告は、対面信号が青色矢印信号に変つたことを確認した後、右折発進したものであり、同発進後、時速約四〇ないし五〇キロメートルの速度で対向直進してきた訴外ワゴン車(以下「訴外車」という。)があつたため、被告は、一旦停止し、同車を通過させた後、対面信号が青色右折矢印信号であることを確認の上、再度発進した。その直後に、原告車が、赤信号を無視し、訴外車と同程度の速度で減速、徐行せず本件交差点に進入して来たため、被告車の右前バンパーと原告車の側面とが衝突したものであるから、被告に過失がない。

(原告の主張)

原告は、原告車で走行中、本件交差点の約二~三メートル手前で対面信号の色が青から黄色に変つたが、交差点内に砂利が多く、急制動をすると危険なため、そのまま同交差点に進入した。原告は、訴外車に後方から追越された直後、右折した被告車と衝突したのであり、原告が赤信号を無視して同交差点に進入したのではない。

2  原告の後遺障害の内容・程度

(原告の主張)

原告は、平成四年九月一二日、友紘会総合病院で症状が固定した旨の診断を受け、左足関節可動域制限により、自賠責保険から後遺障害一二級七号に該当する旨の診断を受け、労災保険において一〇級に該当する旨の認定を受けた。原告の後遺障害の程度によれば、自賠法施行令二条別表等級表(以下「等級表」という。)一〇級に該当すると解すべきである。

3  その他損害額全般(原告の主張額は、別紙損害算定一覧表のとおり)

第三争点に対する判断

一  過失相殺

1  事故態様等

(一) 証拠(甲二、原・被告)によれば、次の事実が認められる。

本件事故現場は、別紙図面のとおり、東西に通じる片側二車線(右折専用車線を含め、三車線。幅員合計約一五・四)の道路上にある。本件道路は、市街地にあり、制限速度が時速五〇キロメートルに規制され、路面はアスフアルトで舗装され、本件事故当時乾燥しており、交通は頻繁であつた。本件道路は、同図面のとおり、北東・南西方向に通じる片側一車線の道路(幅員約六・四メートル、以下「交差道路」という。)と交差しており、同交差点は信号機により交通整理がされていた。本件交差点における本件道路に関する車両用信号の周期は、青色、黄色、右折矢印(赤色)、赤色の順であつた。本件事故現場付近の本件道路を走行する対向車相互にとつて、それぞれの見通しは良好であつた。

被告は、被告車を運転し、本件道路の北から三車線目を東進中、右折のため、ウインカーを出し、別紙図面〈1〉で停止し、対面信号が青色から黄色、黄色から赤色(右折矢印)信号へ変わるのを見て、右折を開始したところ、南から一車線目を訴外車(ワゴン車)が時速約四〇ないし五〇キロメートルの速度で東進して来たので、一旦停止した。

被告は、同車が通過するのを確認した後、時速約五以上一〇キロメートル未満の速度で、さらに右折進行したが、約三・八メートル進んだ同図面〈2〉で原告車が同〈ア〉地点に約六・七メートルまで接近しているのを発見し、急制動の措置を講じたが及ばずさらに約二・一メートル進んだ同図面〈3〉の地点で自車右前角を同車側面に衝突させた。衝突直前の原告車の速度は、時速約三〇キロメートルであつた。

同衝突により、被告車には、フロントバンパー右角擦過に白色塗料が付着し、原告車は風防が割れ、右レバー、車体右側面、車体左側面に擦過が生じ、路面に被告車の左前輪により〇・五メートルのスリツプ痕が生じた。

(二) 右に関し、原告は、当法廷において、本件道路の南から一車線目を時速約三〇キロメートルで西進中、本件交差点に差しかかつたが、同交差点の東詰一時停止線付近で対面信号が青色から黄色へ変わつたため、そのまま同交差点に進入したところ、同道路の南から二車線目を西進して来た訴外車に追い抜かれ、その後、右折して来た被告車と衝突した旨供述し、被告は、右供述は、原告が労働基準監督署長に宛提出した「療養給付たる療養の給付請求書」及び「第三者行為災害届」(甲一五、一六)と矛盾すると主張する。

そこで検討するに、右証拠(甲一五、一六)によれば、原告が対面信号が黄信号に変わつたので本件交差点に進入したところ、被告車が右折矢印に従い右折発進したとされていること、実況見分調書添付の交通事故現場見取図(甲二)によれば、東詰一時停止線から本件衝突地点までの距離は約二五・五メートルと認められること、前記原告車の速度を秒速に換算すると八・三三メートルであり、右一時停止線付近から右衝突地点に至るまでに要する時間は約三秒と解されることが認められ、また、経験則によれば、車両用信号が黄色を呈している時間は通例三秒程度であると推認される。したがつて、右原告の供述が右証拠(甲一五、一六)と矛盾するとまでは解されない。

しかし、右証拠(甲一五、一六)によれば、原告を追い抜いていつた訴外車は同道路の南から一車線目を走行していたとされており、このことは原告の記憶が曖昧なものであることを示唆すると解し得ること、原告は警察官によつて一度調書をとられただけで検察官により調書はとられておらず(原告)、捜査段階での信号の色に関する原告の供述が被告と鋭く対立してはいなかつたことがうかがえること、弁論の全趣旨によれば、被告は、刑事手続において不起訴とされていることが認められ、これらの事実に、当法廷における原・被告の供述態度等を加昧して考えると、右原告の供述(特に停止線手前で対面信号が黄色に変わつたとの点)をそのまま信用することには、ちゆうちよを感じざるを得ず、全体としては被告の供述の信用性が高いと考えざるを得ない。そして、このことに、前記のとおり、被告車が別紙図面〈1〉から〈3〉に至るまでの距離は約五・九メートルであるから、仮に時速一〇キロメートル平均で進行したとしても約二秒となり、訴外車のために一時停止した時間を考慮すると、少なくとも右折矢印に変わつてから約三秒の時間が経過したことになることを合せ考慮すると、原告の対面信号が黄色に変わつたのは、前記東詰交差点より相当手前(時速三〇キロメートルを秒速に換算すると八・三三メートルであるから、仮に三秒を乗じると約二五メートルとなる。)とみるのが、最も合理的であり、同時点で制動措置をとつていれば、被告車が同停止線手前で停止できた可能性は高いと解される。

(三) 以上の事実をもとに、原・被告の過失割合を検討すると、本件は、原告には、赤信号を無視ないし看過した過失があり、被告には、右折矢印信号に従つてはいたものの、訴外車が直進して来たのであるから、一層慎重に左方の確認を行うべきところ、十分な確認を怠つた過失がある。

両者の過失を対比すると、本件事故に関する過失割合は、原告が七割、被告が三割というべきである。

二  治療経過及び後遺障害の内容・程度

1  証拠(甲三、四、乙四の1ないし4及び原告)によれば、次の事実が認められる。

原告は、本件事故により、左下腿骨開放性骨折、左小指末節骨開放性骨折、左足関節捻挫の傷害を受け、平成二年一一月一六日から平成三年五月一五日まで友紘会総合病院に入院し(日数一八一日間)、片松葉杖で歩行が可能となり、退院し、同月一七日から平成四年九月一二日まで同病院で通院治療(実通院日数一一三日間)を受けた。

原告は、平成四年九月一二日、同病院の医師から症状が固定したとの診断を受け、膝の伸展は左右とも自動・他動〇度、足関節の可動域は、背屈において、他動の場合、右二五度、左一五度、自動の場合、右二〇度、左一〇度、屈曲において、他動の場合、右五五度、左二五度、自動の場合、右五〇度、左二〇度の後遺障害を残し、症状が固定した。右固定時、左足下肢の筋彎縮により、大腿周径は、右四四センチメートル、左四三センチメートル、下腿周径は、右三六・五センチメートル、左三四センチメートルとなつていた。

原告は、その後、自動車保険料率算定会(以下「自算会」という。)から左足関節の機能障害により、自賠法施行令二条別表(以下「等級表」という。)一二級七号に該当するとの認定を受け(甲第四、第五号証)、労災保険により労災保険補償法施行規則別表第一一〇級に該当するとの認定を受けた(弁論の全趣旨)。

2  右認定事実に照らし、原告の後遺障害の内容・程度を判断すると、原告は、本件事故により、左足関節の可動域は、背屈の自動値において健側の二分の一、屈曲の自動値において健側の二分の一以下に制限されているところ、その数値は、他動値と五度しか異なつていないこと、大腿周径、下腿周径において、左足は健側より一ないし一・五センチメートル少ないことなどから、信用できると解される。このことに、膝の伸展が両膝とも〇度であることを合せ考慮すると、原告は、「関節の機能に著しい障害を残すもの」として自賠法施行令二条別表一〇級一〇号に該当すると認められる。労働基準監督局通牒昭和三二年七月二日基発第五五一号により、労災保険において、一〇級の喪失率が二七パーセントとされていることは当裁判所にとつて顕著な事実であること、後記原告の年齢、職業等諸般の事情を考慮すると、原告は、本件事故により、労働能力を二七パーセント喪失し、その状態は終生続くものと認めるのが相当である。

三  損害(算定の概要は、別紙損害算定一覧表のとおり)

1  積極損害

(一) 治療費(療養補償給付分・主張額三六五万五八九〇円)

原告が本件事故により、右費用を要したことは当事者間に争いがない。

(二) 診断書代(主張額三万一二一〇円)

原告は、本件事故により、友紘会病院に関する診断書代としてを三万一二一〇円を支出したと主張するが、本件事故後作成したメモ(甲一三)以外に右費用の支出を証明する領収書等の書証が提出されておらず、右額を支出したことを認めるに足る的確な証拠はない(しかし、証拠(甲三、四)によれば、原告が診断書の作成代として相応の支出をしたこと自体は認め得るので、後記慰謝料において料酌することとする。)。

(三) 看護費(主張額四三万一七二八円)

証拠(甲七の1ないし4)によれば、原告は、平成二年一一月一九日から平成三年一月三一日までの間、看護費として四三万一七二八円を支出したことが認められるところ、前記治療経過に照らすと、右支出は本件事故と因果関係があり、必要かつ相当なものであつたと認められる。

(四) 入院雑費(主張額二万一八四七円)

証拠(甲八の1ないし4、同6ないし8)によれば、原告は前記入院期間中、その主張する雑費として二万一八四七円を支出したことが認められるところ、うちレデイスナイト代二九八〇円及びその消費税三パーセントは、本件事故との相当因果関係を認め難いから、これを除外すると、損害額は一万八七七七円となる。

(五) 交通費(主張額一万五三六〇円)

証拠(甲九、一〇の1ないし15及び原告)によれば、原告は、平成二年一一月二八日から平成三年八月一一日までの前記入院中、入浴等のため、自宅と病院との間を往来するためのタクシー代として、少なくとも原告主張の合計一万五三六〇円を要したことが認められるところ、前記治療経過に照らすと、右支出は、本件事故と因果関係があり、必要かつ相当なものであつたことが認められる。

(六) ギブス代(主張額三万二八三〇円)

証拠(甲一二)によれば、原告は、本件事故によるギブス代として三万二八三〇円を負担したことが認められる。

(七) 小計、過失相殺、損益相殺

以上の損害を合計すると、四一五万四五八五円となる。前述したとおり、過失相殺により七割を控除すると、残額は一二四万六三七五円となる。本件事故により生じた治療費に関し、療養補償給付として三六五万五八九〇円の支払があつたことは当事者間に争いがないから右額を差し引くと、残額は存しないこととなる。

2  消極損害

(一) 休業損害(主張額三七万二七五三円)

証拠(甲一一の1ないし3、原告)によれば、原告は、本件事故当時、株式会社日産工業所(以下「日産工業所」という。)に勤務し、空調関係の仕事をし、本件事故前の三か月である平成二年八月から一〇月までの間、合計六二万一二六〇円、平均二〇万七〇八六円の月収(日収六七五二円、年収二四八万五〇三二円)を得ていたことが認められる。

前記認定のとおり、原告は、本件事故により、左下腿骨開放性骨折、左小指末節骨開放性骨折、左足関節捻挫の傷害を受け、平成二年一一月二六日から平成三年五月一五日まで有紘会総合病院に入院(一八一日)し、同年五月一七日から平成四年九月一二日まで同病院に通院(実通院日数一一三日)し、同日、症状が固定したことが認められる。

右治療経過をもとに原告の労働能力喪失の程度を判断すると、原告は、本件事故後、有紘会総合病院への入院時及び退院後一か月半を経過する平成三年六月末日までの二二七日間は、労働能力を完全に喪失し、その後、症状固定する平成四年九月一二日までの四四〇日間は、その五〇パーセントを喪失したものと認めるのが相当である。

したがつて、原告の休業損害は、次の算式の合計額である三〇一万八一四四円となる。

6752×227=1532704

6752×0.5×440=1485440

(二) 後遺障害逸失利益(主張額一二四万〇〇三五円)

原告主張=207086×12×0.14×3.5643(4年)

原告本人尋問の結果によれば、原告(昭和四年九月四日生)は、本件事故当時六一歳、症状固定日(平成四年九月一二日)当時六三歳であり、前記認定のとおり、原告は、本件事故当時二四八万五〇三二円の年収を得ていたところ、弁論の全趣旨によれば、原告は、原告主張の満六七歳まで稼働することが可能であつたものと推認される。原告は、前記認定のとおり、本件事故による後遺障害により、労働能力の二七パーセントをその主張にかかる四年間喪失したものと認められるから、ホフマン方式により中間利息を控除し(六年の係数から二年の係数を差し引いた数値)原告の後遺障害逸失利益の本件事故時の現価を算定すると、次の算式のとおりとなる。

2485032×0.27×(5.1336-1.8614)=2195510

(三) 小計、過失相殺、損益相殺

以上の損害を合計すると、五二一万三六五四円となり、前述したところにより、過失相殺として七割を控除すると、残額は一五六万四〇九六円となる。原告が労災保険から休業給付金二〇六万六〇一〇円、後遺障害保険金八六万一二四八円(合計二九二万七二五八円の支払を受けたことは当事者間に争いがないから、これを控除すると(右の他、休業特別給付金七八万三〇〇〇円、後遺障害特別支給金三九万円、同特別一時金四二万四六一二円の支給を受けたことが認められるが、これら特別給付金等は、社会保障目的のために支出されたものであり、損益相殺の対象とするのは相当ではないから、控除しないこととする。)、残額は存しないことになる。

3  慰謝料(主張額入通院慰謝料二〇〇万円、後遺障害慰謝料三七〇万円)

(一) 本件事故の態様、原告の受傷内容と治療経過(入院一八一日、実通院日数一一三日)、前記額の算定ができない診断書代、後遺障害の内容・程度、職業、年齢等、本件に現れた諸事情を考慮すると、原告の入通院慰謝料としては二〇〇万円、後遺障害慰謝料としては原告主張にかかる三七〇万円が相当と認められる。

(二) 前述したとおり、過失相殺として七割を減額すると、残額は一七一万円となる。前記のとおり、原告が自賠責保険から三三七万円の支払いを受けたことは当事者間に争いがないから、これを差し引くと、残額は存しないことになる。

4  原告車廃車引取費用(主張額六〇〇〇円)

証拠(甲八の5によれば、原告は、原告車の引取代として六〇〇〇円を支出したことが認められる。

前述したところにより、過失相殺として七割を減額すると、残額は一八〇〇円となる。

5  弁護士費用

本件の事案の内容、審理経過、ことに認容額等を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当額は二〇〇〇円が相当と認める。

前記4の損害一八〇〇円に二〇〇〇円を加えると、損害合計は三八〇〇円となる。

四  まとめ

以上の次第で、原告の被告に対する請求は、三八〇〇円及びこれに対する本訴状送達の翌日である平成五年一二月四日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれらを認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大沼洋一)

交通事故現場見取図損害算定一覧表

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